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そもそも阿部さんが私を迎えに来てくれたのはテレビ局へ戻るためだというのに、彼の口から出た「現場検証」も「事情聴取」も、まるでドラマの中のセリフのようで現実味がない。
普通の生活を送っていたらまず聞かないであろう単語は、服を前後逆に着たときのような、自分にしか感じることのできない居心地の悪さを伴った。
「阿部さん。あの人…相手はどうなったの?」
「分からない。警備の人が連れて行ったらしいけど、それっきり」
「そっか」
「俺が知らされたのはだいぶ後だったからね」
チクリと刺さる、視線と言葉。
サイドミラーを確認する阿部さんは淡々と、まるで昼間の私みたいに素っ気ない言い方で答える。
これが渡辺さんとかなら「機嫌悪いなぁ」くらいにしか思わないのに、相手が悪すぎた。
いつも穏やかで優しい阿部さんに冷たく突き放されただけで血の気が引き、大いに狼狽えてしまう。
いくら巻き込みたくなかったからとはいえ、心配する彼に対してずいぶんな言い方をしてしまった。
そうやって反省しながら、彼に素っ気ない態度を取られて一丁前にショックを受けている己の女々しさが憎たらしく感じる。
阿部さんが絡むと、こんなに面倒くさくなるなんて知らなかった。
これでは「かまってちゃん」とか「厄介な人」だと言われても仕方ない。
今だって冷静に分析しているように見えて、そのくせ心の中では「冷たくしないでよ」なんて拗ねているのだから。
ダルい、
ダルすぎるぞ、A。
「出すよ」
阿部さんが短く言うと、こちらの返事を待つことなく車が動きはじめた。
テレビ局へ向かう道中。
私は阿部さんから尋問を受け、彼が局内へ入った後に何があったのか詳しく話した。
事件が起こった生放送の収録現場から阿部さんの楽屋までかなり離れていたこともあり、彼が先ほど言ったように、吉野さんがドアを突き破る勢いで駆け込んでくるまで、異変には一切気が付かなかったそうだ。
不幸中の幸いだったことは、彼女から直接私の安否を聞けたこと。
これがもし誰かから人伝に曖昧な話を聞かされたり、田ノ上さんからあの文面だけが送られてきていた状況だったら、間違いなく楽屋を飛び出して現場に向かっていた。
阿部さんはハッキリとそう断言した。
別現場から飛んできた田ノ上さんと阿部さんが合流する頃には、事態は収束し始めていたようだけど、そのショッキングな出来事は現場から遠く離れた楽屋周辺にまで知れ渡ってしまったようだ。
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作者名:泥濘 | 作成日時:2024年3月6日 17時