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『だめ。俺が嫌なの。このあとの打ち合わせは俺抜きで進めてもらうように言ってある。田ノ上さんも別現場からこっちに呼ばれて警察に事情聞かれてるけど、あの場にいたAさんが戻ってこない分には収拾がつかないって判断なの。スタッフさんは対応に追われてるし、会社の人間で迎えに行けるのは俺しかいないよ』
『それなら病院からタクシーで向かうから、とにかく阿部さんはそこにいて』
『ダメ』
「子供か」
思わず突っ込み、その2文字を睨みつけた。
個性の強いメンバーに囲まれ、普段は一歩引いたところからニコニコと、優しいお兄ちゃん的なポジションで聞き分けよく振る舞っているように見えるが、自分が決めたことに対して納得のできない理由を突きつけられると、実は誰よりも正論を振りかざしながら食って掛かってくるのは、リーダーの岩本さんでも、渡辺さんでも、佐久間さんやラウールさんでもなく、阿部さんなのだ。
今がまさにそれ。
ホント相変わらずの頑固者め、と思いながらこっちも負けじと文字を打ち込もうとした瞬間、
『おとなしく俺の言うこと聞けよ』
という最初と同じような無機質な文章が連続で届き、思わずタップする手が止まった。
…これは、マジなやつだ。
さらに『行くからね、動くなよ』『ちゃんと全部話してもらうから』と彼の追撃は止まらず、返信する気がすっかり失せた私は、ちょっとした抵抗のつもりで変な生き物が白目を剥いているスタンプを一つ送信した。
すぐに『どういうつもり?』と返事が来たが、そんなもん知らん。
先に診断書や診察代の清算が間に合ってしまえばタクシーで向かってやろうとこっそり目論んでいたが、結局、阿部さんが病院へ駆けつける方が断然早かった。
救急車とほぼ変わらない時間、つまり十五分程度で彼は病院まで来てしまったのである。
『救急外来の受付から入るね』
『診察室の前のベンチに座ってる』
ホッとする気持ちが半分。
そして怒られるための心の準備をさせてくれと願う気持ちが半分。
ストレッチャーに寝かされていたので定かではないが、救急外来の入り口から診察室まではそう遠くないはずだ。
彼が現れるであろう廊下の先をジッと見つめ、ごくりと唾を飲み込む。
頭の中で勝手にジョーズのテーマ曲が流れ始め、このあと確実にやってくる恐怖に身震いし、私を追い詰めた。
相当失礼な心構えのままビクビクしながら待ってたものの、実際は少しもそんなことはなかったのだが。
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作者名:泥濘 | 作成日時:2024年3月6日 17時