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ほどなくしてストレッチャーに乗せられたまま処置室に運ばれた私は、そこで待っていた医者に引き渡された。

五十代半ばくらいの、見た目が田ノ上さんに似た柔和そうな男性だった。
シルバーフレームの眼鏡を軽く押し上げながら外科医だと名乗った医者は、私を安心させる言葉を掛けながら傷口を丁寧に確認しつつ、当時の状況を聞いてきた。

女性に突き飛ばされたこと、転んだ際にジュラルミンケースの角で腕を切ったこと、コンクリートの床に体を打って少しの間気絶してしまったことを丁寧に、順番に思い出しながら、出来るだけ客観的に掻い摘んで説明すると、医者は何度も大きく頷きながら熱心に耳を傾けてくれていた。
急かされることも、話を遮られることもなかった。


一番大きな腕の傷の確認が終わると、医者は一言断りを入れてから私の体に触れる。
見える範囲で他に外傷がないか確認するためだ。
頭の側面と後頭部は特に念入りに調べられた。

「頭は打ちましたか?」
「打ってないです」
「それは良かった」

医者曰く、転倒した際に頭を打たなかったこと、
地面にぶつかった衝撃で右頬を軽く擦っていたのと、両膝に拳の半分程度の打撲痕があるくらいで済んだのは不幸中の幸いだったらしい。


ただ、腕の傷に関しては運が悪かったと明言された。
まあ仕方ない。

なかなか血が止まらなかったのは、傷が皮下組織にまで達していたから。
傷口の洗浄後に確認すると、二の腕部分の切創は十センチほどに達していて、神経には問題がなくても、この大きさでは縫合が必要とのことだ。


「おそらく…痕が残りますね」

医者はとても言いにくそうな顔をしていたし、その場にいた看護師さんも作業する手を止めて「まだ若いのに」と同情するような目を向けてきた。
近くで控えていたADさんなんか、まるで自分のことのように狼狽えていたと思う。

だけど私だけは「そっか、痕残っちゃうかー」くらいの気持ちで話を聞き、案外平然としていた。


これが仮に顔にできた傷だったとしたら、お嫁にいけない!と人並みにショックを受けていたかもしれないが、二の腕だし、長袖を着れば隠れる場所だし……
仕事や生活に支障がなければそれで良かったから、むしろ「神経が傷ついてなくて良かった!ラッキー」なんて喜んだくらいだ。


私がそんな調子だったので医者も安心したのか、話はトントンと進み、局部麻酔をしたのちに、さっそく腕を縫ってもらうことになった。

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作者名:泥濘 | 作成日時:2024年3月6日 17時

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