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出てきたのは数人のスタッフさんと撮影用の機材を積み上げた一台の台車。
お互いに顔見知りではなかったが、目が合うと口々に「お疲れ様です」と声を掛けられ、それに返事をしながら大荷物を避けるように数歩ずれたことで、紙袋は一旦彼女の手元に戻った。
助かった。
小さく息を吐く私の横で、扉近くの壁に横付けするように、機材を詰んだ台車が止められる。
「ちょっとこの場所をお借りします。ロケ車がきたらすぐに移動させますんで、足を引っ掛けないように気を付けてくださいね」
「分かりました」
スタッフさんたちは私たちのこの状況を少しも訝しむことなく、軽い会釈と共にすぐにどこかへ行ってしまう。
すぐに周囲に人気がなくなってしまい、状況は振り出しに戻ってしまった。
彼女は深呼吸をして仕切り直すと、私に向かって再度ピンク色の紙袋を「お願いします」と祈るように差し出してくる。
こちらも出来る限り無表情を装い、さきほどと同じように無言で拒否すると、彼女は寂しそうに目を伏せた。
またすぐに顔を上げたものの、その瞳が揺れている。
健気な彼女を思うと心が痛むが、ルールはルールであり、一人だけを特別扱いすることはできない。
それでも彼女はなかなか引き下がろうとはしなかった。
飾り気のない顔立ちにやけに映える、血のような発色のリップに縁取られたふっくらとした唇が薄く開く。
「あ、あの、違うんです。その…これは、あなたに…マネージャーさんにお渡ししたくて」
マジか。
今度こそ反応に困り、隠すことなく顔が引き攣った。
彼女の頬はチークを塗ったようにピンク色に火照っている。
私は咄嗟に彼女が嘘をついていると考えたが、だとすれば、縋るような、或いは刺すほどの圧を感じる眼差しの説明はどうつければいいのだろう。
『SnowManには女のマネージャーがいる』
そんな話が定期的にSNSで出回っていると聞いたことがあった。
まあ、事実である。
こちらとしてはわざわざそれをファンに向けて公表する必要がないと判断しているだけで、意図的に隠しているつもりはない。
人様にお渡しする名刺にもはっきりと私の役職は記載されていたし、これはあくまでも私の会社として特例なだけであって、この業界には女性マネージャーなんて物珍しくもなんともないのだ。
会社初の女性マネージャー。
そんな自分の立場に緊張していたのは最初の方だけで、現場では「そういえばそうだね」程度のあっさりとした反応だった。
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作者名:泥濘 | 作成日時:2024年3月6日 17時