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覗いたついでに、洗面台の鏡で軽く化粧もチェックする。

今日は夕方まで阿部さんだけに同行する予定だったため、どうせならと彼からいただいた口紅を塗ってみた。
回数を重ねるごとに、この赤色も馴染んでくれるようになったと思う。
気のせいだと言われたらそれまでだが、所詮化粧なんて自己満なんだから「派手だ」とか注意されない限りは、自分の思うように受け止めることにしている。

服装はいわゆるオフィスカジュアル。
だけど鏡越しに鮮烈な赤色を見るだけで背筋が伸び、気合が入るのだから人を好きになる効果は絶大である。


インターホンが鳴った。

「はいはーい」

返事しても向こうには聞こえてないからね、と引っ越した日に舘様に苦笑いされた癖は未だに直らない。
多分ずっとこのままな気がする。

慌てて脱衣所を飛び出し、玄関へ向かった。
昨日のうちに出しておいたヒールの低い黒のパンプスをつっかけ、コートとマフラーを持っていない方の手で、ラックの上に置いた家の鍵と、それから送迎用の車の鍵を引っ掴む。


1月の試験をクリアし、ようやく免許を取得したことで、今月から本格的に送迎の仕事も業務に加わった。
最初は近場の距離から。
とはいっても、県外出るような仕事はロケバスが付くか他の移動手段になるので、気負わない程度の距離を毎日運転できている。

ちなみに同乗者は圧倒的に阿部さんが多い。
まあ同じマンションだしね。


「おはようございます!」
転がるような勢いで玄関から飛び出すと、案の定、少し驚いた顔の阿部さんが立っていた。

「おはよ。ようやく晴れたね〜」
口紅も良い感じ、なんてすぐに気が付いてくれる彼の洞察力に顔がだらしなく緩んだ。

「化粧変じゃないですよね?」
「ぜーんぜん。可愛い可愛い」

そう言いながら彼は、私が手に持っていたコートとマフラーを受け取ってくれた。
私が運転できるようになり、二人で送迎車に乗るようになってからはいつもこんな感じだ。
並んで静かな廊下を歩く。

「ごめんね、集合時間までまだ余裕あったのに急かして」
「ううん、私も暇してて家の掃除してたところだから助かった」
「なら良かった」
「どこか寄りたいところでもあるの?」

聞くと、その言葉を待ってましたと言わんばかりに阿部さんの目がキラキラと輝いた。

エレベーターが到着したところで乗り込む。
扉が完全に閉まったところでポケットからケータイを取り出した阿部さんが、「昨日見つけたんだけど」と画面を見せてきた。

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作者名:泥濘 | 作成日時:2024年3月6日 17時

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